寺田 寅彦
(てらだ とらひこ)
業績−
1878(明治11)年〜1935(昭和10)年
物理学者
高知県の士族の長男として東京で生まれる。4歳の時から熊本の第五高等学校に入学するまでの15年間を高知で生活をした。
東京帝国大学で物理学を勉強し卒業の後は同大学で教えながら,理学博士号を取った。夏目漱石・正岡子規らと知り合いにもなる。
「天災は忘れられたる頃来る」等のことばを残し,1935(昭和10)年病気で死亡する。
満57歳
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年表−
- 1878(明治11)年
- 11月28日東京都麹町区平河町3丁目で生まれた
- 1881(明治14)年
- 土佐郡大川筋の家に一家とともに帰る
- 1896(明治29)年
- 第五高等学校に入学
- 1899(明治32)年
- 東京帝国大学物理学科理学科に入学
- 1903(明治36)年
- 東京帝国大学大学院に入る
- 1904(明治37)年
- 東大講師となる
- 1908(明治41)年
- 理学博士となり、独、仏、英に留学する
- 1911(明治44)年
- 帰朝する
- 1916(大正 5)年
- 東大教授になる
- 1917(大正 6)年
- 「ラウエ斑点の撮影に関する研究」で学士院恩賜賞を受ける
- 1922(大正11)年
- 東大航空研究所員になる
- 1923(大正12)年
- 理化学研究所員になる
- 1925(大正14)年
- 学士院会員になる
- 1926(大正15)年
- 東大地震研究所員になる
- 1935(昭和10)年 12月31日
- 東京本郷区曙町の自宅で転移性骨腫瘍を患い没する。満57歳
図書の紹介−
次の図書に詳しいことが書かれています。1階の郷土情報室へ立ち寄ってください。
高知県人名事典 P229
土佐人物ものがたり P20
図説高知県の歴史
P250
高知県の歴史散歩 P38
土佐/人と風土 P285
高知県人物読本 中学校下巻5
土佐の墓
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